大会ホームページ : http://www.town.shirotori.gifu.jp/sakura/
第1部 「さくら道国際ネイチャーラン」とは
〜太平洋と日本海を桜でつなごう〜
限りない夢を託した ”さくら道”
この地球の上に
天の川のような
美しい花の星座をつくりたい
花を見る心が一つになって
人々が仲よく くらせるように
― 佐藤 良二 ―
太平洋と日本海を桜でつなごう ───── 2005さくら道国際ネイチャーラン
主 旨
太平洋と日本海を結ぶ266kmの道を、桜のトンネルで結ぼうと決意した男がいた。
御母衣ダム工事で、水没する山寺の樹齢400年を数える桜の古木が移植され、
見事に蘇ったその生命力に感動したからである。
その男は名古屋と金沢を往復するバスの車掌・故佐藤良二氏である。
彼はバスの走る道沿いに、桜の苗木を黙々と植え続けた。
乏しい蓄えを注いだ。
少ない休暇を使った。
2000本も植えただろうか。男は病に倒れた。
志半ばで力尽き、逝った。
47歳の短い生涯だった。
清貧という言葉が改めて見直される今、
「人の喜ぶことをしたい」と病魔に侵された我が身を顧みず、無償の行為を貫いた佐藤氏の生き方は、
貧しくとも豊かな心を持つ、人間の幸福な姿を問いかけてくれる。
佐藤氏が夢みた″さくらのトンネル″を、走り抜けるという形でその遺志を受け継ぐとともに、
「太平洋と日本海を桜でつなぐ」という大事業の完成に少しでも寄与できればと考えて、
今回『太平洋と日本海を桜でつなごう 2005さくら道国際ネイチャーラン』を開催する。
〜大会ホームページより
上にあるのはこの大会が開催されたきっかけ、そして大会の主旨である。かなり感動的な話だ。この大会は、愛知県名古屋市の名古屋城から石川県金沢市の兼六園内佐藤桜までの250kmを36時間以内に走る、というものである。今回で第12回を数えるらしい。
第2部 大会に向けて
上の話に感動し、そして250kmというとてつもない距離にも惹かれ、大会に申し込んだ。ちなみに、右が大まかなコースだ。過去の実績から80人が選考されるとのことだったが、当然選考されるものと思っていた。しかし、選考結果は落選。かろうじて補欠となっていたが、最終期限の3月中旬には正式に落選との連絡が来た。選考されているメンバーの実績を見たら、それは納得できるものだった。超長距離の素晴らしい実績の持ち主ばかりだった。
そしてこの大会のことを忘れかけていた3月末、突然連絡が入った。故障で1人辞退し、空きができたので参加しないかとのことだった。迷わず返事をした。参加します。
始めのうちは気合が入っていて待ち遠しかったのだが、大会が近づくにつれて不安な気持ちのほうが大きくなってきた。これまでに100kmのウルトラマラソンは参加したことがあるが、このような気持ちになったことはない。直前にこのような不安に襲われるのはチャリの旅に出発する前に感じるものと同じだ。1日以上、真夜中も走るというのは初めてであり、このあたりがこの不安の原因だろう。テーマを持ってどこか目的地を目指すというのもチャリの旅のときと似ている。これはもはやマラソンというか旅である。コースの途中には世界遺産の合掌造りで有名な白川郷がある。ここは前から行きたかったのだが、交通の便が悪く、これまで行く機会がなかった。しかし残念なことは、順調に走れるとここを通過するのは真夜中だということだ。せっかくの景色が見れないかもしれない。途中の荘川桜も同様である。長い道のりなので何が起こるか分からないが、楽しいたびにして何とか完走したいものだ。
当日のスタートは朝6時。予定では100kmまでを1キロ7分、200kmまでを1キロ8分、250kmまでを1キロ9分と大雑把に考えているので、33時間くらいでゴールできればいいと思っている。
第3部 名古屋城から兼六園を目指して
スタート前日、開会式とオリエンテーションが名古屋市内のホテルで行われた。大会のオリエンテーションとのことだったが、なぜか翌日のスターターをするトリノ五輪スノーボード代表の成田夢露(めろ)選手が来ていた。式の後、ロビーでふらふらしていたので大会参加賞のTシャツにサインをしてもらい、一緒に写真を撮ってもらった。
そしてスタートの日、朝6時3分スタート(朝6時から15人程度ずつ3分ずつの時差スタート、警察からの指導らしい)なので、4時に起床し、スタート位置の名古屋城に向かった。名古屋城にある佐藤桜がスタート。参加者は10カ国14人の外人ランナーを含む78人。いずれも超長距離の素晴らしい実績を持っているトップ選手(?)ばかり。年齢層は高く、20代はたったの4人。僕は2番目に若いらしい。2人は自衛隊、そしてもう一人は同じ大学の人。どんな大学なんだ??
スタート直後、期間限定で名古屋城の金の鯱が地上に下りてきているとのことで、その金シャチドーム内で鯱に触れていくことになっている。ちょっと感動的だが館内撮影禁止。
今回は絶対に飛ばしすぎず、常に余裕を持って走り続けないとゴールにたどり着けないと思っていたので、設定ペースより遅れても気にしない、そして序盤はあまり貯金を作らなように気をつけた。エイドステーション、つまり給水給食所はほぼ5kmおき、計49ヶ所に設置されている。そして最初のエイド。ここまで1キロ6分ペース。上に書いた設定ペースよりは速いが、もう1つの設定ペース、50kmまで6分/km、100kmまで7分/km、150kmまで8分/km、200kmまで9分/km、250kmまで10分/kmで行くことにした。始めは特に水も食料も必要ないが、体が吸収するには時間がかかるのでとりあえず少しだけ補給する。各エイドステーションの目印は桜色の大会の旗、そしてボランティアスタッフの桜色の上着。これが見えると「あっ、エイドだ。」とひとふんばりすることができた。これからこれを心の支えに走り続けることになる。
10km、20kmと進んでいくと、予想以上に応援してくれる人たちが多い。名前だけは聞いたことがあるその世界では有名な人たちも何人もいた。そして時には、エイドではないところでもすごい応援のある場所もあった。予想以上に盛り上がっている大会のようだ。
エイドには水だけではなく、バナナ等をはじめ、お菓子やプリンなんかも置いてある。まだ内蔵に余裕があるので、甘いお菓子大好きな自分としてはプリンでエネルギー補給。5km走ると300kcalは補給しないと収支がマイナスになってしまう。プッチンプリン。
木曽川を渡り、40kmほど走ると岐阜を通る。ここまではほぼ平坦だが、ここから徐々に上り始めるらしい。写真にある桜色の旗をつけた自衛隊車は大会車両。何台もコース上を行ったり来たりしてくれているので心強い。しかしいい天気だ。
岐阜をかすめて北へ、まずは関を目指す。徐々にアップダウンが増えてきて、全体的に上り始めたようだ。まだ脚には余裕はある。40km以上走っているのだが、「えっ、もう40km?」という感覚。調子に乗って飛ばしすぎない。エイドでういろう、ようかんをもらう。とってもおいしい。写真で前にいる人は、去年のスパルタスロン(ギリシャ、約250km)の日本人トップの人。絶対ついていかない。
いい天気、いい景色の中を走り、もう50km到着。まだ内蔵は元気でうどんだかそうめんだかをいただくが、脚はちょっとだけ重くなってきたかな。ここまで走ってなんともならないほうがおかしいとは思うが。
ここまでは予定通りの1km6分ペースで5時間をちょっと切るくらい。ずっと走っていると今何時なのかまったく気にならないが、午前11時くらい。エイドでかける声も「おはようございます」から「こんにちは」へ。これから暑くなってくる時間帯だ。そして2ndステージ、1km7分ペースに落とす予定だが、特に意識はせずこれまでの流れを保つ。どうせペースは自然に落ちていくだけだから。
この大会は各県の警察をはじめ、非常に多くの協力を得ているようで、道路上の案内にもこの大会のランナーに注意するような案内が。これには驚いた。
木曽川沿い、徐々に山あいに入っていき、景色が綺麗になっていく。そんななかのエイドは非常に気持ちがいい。
エイドステーションにはL、M、Sの3つの規模の種類がある。一応おいてあるものが違い、Sには飲料水しかないとあるが、実際にはいろいろなものをおいてくれている。そしてLのエイドは規模が大きく、多くの人たちが迎えてくれる。とても励みになる。自衛隊の人たちもコース上を見回ってくれている。せっかくなので記念撮影。決して入隊したわけではない。自衛隊の人にもこんな距離を走るのはすごいといわれてしまった。
景色は徐々に綺麗になっていき、自然の中を走っていく。ただ、徐々に向かい風が強くなってきて、上り坂で向かい風に吹かれると全く走れなくなる。そろそろ疲れもたまってきているので、走れないときは無理せずに歩く。歩き続けないことだけ注意しながら。
そして木曽川に沿って北上していくと、これぞ「さくら道」という道を走るようになってくる。しかしこのあたりの桜はもう葉桜。もう少し早い時期ならばとても綺麗だっただろうが、この先には今満開の桜があるようだ。まだつぼみにもなっていない桜もあるようだ。
そして90km。内臓がやられてきた。脚の筋肉も力が入らなくなってきた。この2ndステージと位置づけている50kmでは、20分くらいの貯金ができていたので、しばらく休憩。106km地点にチェックポイントがあるので、とりあえずそこまでは頑張ることにする。マッサージをしてもらったりして休憩したらちょっと元気になった。100kmの通過は10時間50分くらいなので、ほんとに一応予定通りではある。
106km地点のチェックポイントは、大会を主催している岐阜県郡上市白鳥町である。町中で出迎えてくれるし、ここあたりがちょうど桜が満開である。17時を過ぎ、徐々に日が暮れてくる。ここに防寒用の上着等を預けているので、ここからが3rdステージ、そして未知の夜間走行である。この調子では非常に不安。
白鳥町に入ると子供が迎えてくれ、1人の子が1kmくらい併走してくれた。なんだか元気にさせてくれるがペースは遅く、ゆっくりしか走れていないのだが、チェックポイントにつくころにはその子は息を切らしていた。逆にこっちから「がんばれ」と声をかけてあげたりしながらで楽しかった。チェックポイントのエイドにつくとほっとしたのか疲れがどっと出た感じがした。しかも内臓がやれれているようで、食べ物を受け付けない。あと150kmもあるので、ここで食べないとぜったいガス欠になってしまうのは分かっていたが、だめ。そうめんだけは流し込む。着替え等もあるので20分くらい休憩。しかしこの先は予想以上に寒く、零下まで下がるとのこと。短パンしか用意していなかったので、走り続けないと凍えてしまうといわれた。とりあえず内臓が復活してくれればと思い、小さな薬局で胃薬を購入。1000円札1枚だけ持って走っていたのだが、パンシロンを500円にまけてくれたので、500円玉1枚になった。ジャラジャラしなくて非常に助かる。この先エイドごとに胃薬を飲み続ける。
ここからは夜間走行用にライトをつけて走行。桜が満開でとってもきれいなのだが、暗くなってきたので写真は上手く撮れなくなった。明るいところでは夜桜が綺麗だ。ライトは邪魔にならないように小さなものを用意しており、どのくらい明るい必要があるのかとか不安なことはたくさんあったのだが、それほど光量の多くない小さなやつでも何とかことは足りるようだった。
そしてついに日が暮れた。エイドによっては焼肉で盛り上がっているところもあった。少しお肉をもらった。胃薬のおかげか、何とか内臓は復活してきたようで、ものが食べれるようになってきた。すると走りも調子がよくなってきて、そこそこ快調に走れるようになって来た。しかし走れなくなると凍えてしまう。もうすでにあたりは冷えてきて、2℃くらいになっているようだ。夜は長い。このまま走り続けられるとは思えない。でも先を考える余裕はないし、そんな先を考えても仕方がないので、今の調子がいいリズムに乗って走る。
ここら辺の110km過ぎくらいまでは徐々に上る感じだったが、ここから130km地点まではもっと急に上って、最高点の木曽川と荘川の分水嶺である900m地点まで上る。しかし調子がいいせいか全然きつくない。吐く息は白く、真っ暗で不安の中の走行だが、走れているせいかほのかに汗もかくくらい。走れているときは、おにぎりとかの固形物を摂ると消化までの間、ちょっと気持ち悪くなるので、ここは寒さも考えコーンスープ、味噌汁、豚汁と暖かくて流動系でエネルギーがとれるものをもらう。ストーブに当たりながら。夜間のエイドはライトをたいているので、遠くからでもエイドがあるのが分かる。というかそのくらいしか明かりがない。
ひるがの分水嶺を越えるとよりさびしい道になってくる。というかどうせ真っ暗だからもう関係ないが。歩道はない。路肩は狭い。車がたまに通る。反射板を体にぺたぺた張っているのでよけて行ってくれ。
幸運だったことは、この日は満月だったようで月明かりが予想以上に明るかったことだ。月明かりというのがこんなに明るいものだということは初めて知った。月明かりのせいか星座はそれほど見えなかったが、なんだかふっと幸せな気持ちになってくる。
真っ暗な中を走り続けて何時間になるだろうか。もうすぐ日付が変わろうかというころに第2チェックポイント、荘川桜に到着。御母衣ダム建設のため水没することになった樹齢400年の桜を移植したもので、故佐藤氏が桜を植え始めるきっかけにもなったという桜らしい。有名な桜の木なのだが、このあたりはまだ寒くつぼみもつけておらず、また暗くてよく分からなかった。よく見るとここはとっても大きなダム湖沿いを走っていて、片側は崖、片側は湖のなかずっと走っていた。何十キロも。どおりでトンネルが多いわけだ。携帯を持って走っていたのだがずっと圏外。
そしてその先には世界遺産の合掌造りで有名な白川郷がある。ここは前から行ってみたかったところで、非常に楽しみにしていたのだが真っ暗である。ここのコースは国道を外れ、合掌造りの家々の横を通るようになっている。素晴らしい。そしてその家々のうちいくつかはほんのりライトアップされていて雰囲気がある。写真を撮ってみるが、デジカメで暗い中上手く撮るのは難しい。雰囲気だけでも。
ここまでは何とか集中力が続き走り続けていられたのだが、眠くなってきたせいか気持ちが切れ始め、走れなくなってきた。思っていた通り、走れなくなると凍えるように寒い。このあたりはトンネルが非常に多いのだが、トンネルの中はそこそこ暖かく何とか耐えられる。そこで、外は走ってトンネルを歩く作戦にした。寒いところは一気に通り過ぎる。ペースが落ちると、次のエイドまで1時間しないとたどり着かなくなってくる。エイドについたらスープとストーブで温まらせてもらう。
そして3時過ぎにたどり着いたエイド。180km付近。建物の中で暖かかったのと、脚も動かないようになり、眠すぎて耐えられなかったのとで仮眠をとらせてもらうことにした。「何分たったら起こしますか?」ときかれたので、しばらく迷って「10分たったら起こしてください」と。ほんとはずうっと寝続けたいところだが、まだ先は70kmほどと長いので仕方がない。10分だけでも寝れば違うだろう。
奥の部屋で寝かせてもらうと、とっても暖かく幸せな気持ちだ。もう動けない。そしてあっという間に眠りに落ちる。そして声が聞こえる。「10分たちました」
ああ、行かなくては。固まった体を何とか呼び起こし、外へ出ようとする。他のランナーにアドバイスしてもらって用意してもらったゴミ袋スーツ(透明ゴミ袋に手と頭用の3つの穴を開けた)を着て外へ出る。ふと思ったのだが今は夜中の3時、起こしてくれたのはおそらく高校生。こんな時間まで非常にありがたいことだ。距離も長いだけに、到着するランナーの時間差も大きいのに。そして外に出ると、今まで暖かいところにいたので余計に寒く感じる。屈伸等、脚のストレッチをするが、さっきから止まるとしびれを感じる。いつもエイドを出るときにはしびれた足で歩き始めるような感じで、しばらくするとしびれが取れて何とか走れるようになる。これは寒くなくなるとなくなったので寒さのせいだったのだろうか?それとも寒くなくなったときにはもう脚が壊れていたので感じなくなっていただけだったのだろうか?とにかく、手を振って挨拶をして歩き始めてエイドを出る。このゴミ袋はなかなか使える。少しは寒さに耐えられるようになった。そしてしばらく眠ったおかげで、また何とか多少は走れるようになった。スピードは歩いているのとそう変わらないかもしれないが、体を動かすと少しは暖まる。
そして今度は寒さのせいかまたおなかがおかしくなってきたが、今度はそんなこと気にする余裕もなく、いつの間にか治っていた。185km付近にあるのは第3チェックポイント。朝4時過ぎ。ほのかに空が青くなってきた。でも暖かくなりはじめるにはあと2時間はかかるだろうな。
完全に夜は明け、再び合掌造りの家々がある集落を通り過ぎる。まだまだ厳しいアップダウンが続き、上りはほぼ完全に走れない。下りは、筋肉で体重を受けられなくなっているので膝を壊しながら走る。
200km付近。もう時間なんかどうでもいいが、予定より早く来ている。そしてあとは歩いても時間内にゴールにつけそうだ。そう思うと気持ちが楽になる。でも早く終わりたいから早くゴールを目指す。この先はまた峠がある。五箇山トンネルをくぐるために一気に数百メートル上る。さっきの分水嶺のところよりも急なのぼりらしい。でももう走れないから完全にあきらめて歩く。くねくねした道をひたすら上る。歩くだけでもしんどいのにゆっくり走っている人がいるから驚きだ。抜かれても全く気にならない。とってもいい天気になってきた。
坂を上りながら右カーブを曲がるとエイドがあった。ここで上りは終わりらしい。良かった。その先にはトンネルが見える。この区間は全く走っていないので、このエイドでは長居せずに先を目指す。他のランナーもあんまり長居しないし。
この先の五箇山トンネルが曲者だった。まっすぐで、真ん中が少し高くなっている。それが分かるくらい長い。ずうっと長いトンネル。歩道のようなものはあるが狭い。ここでも気持ちを切って歩き続けたら、もう完全に嫌になるだろうと思い、集中しなおして走ることにする。しかし走っても走っても出口の見えないトンネル。まっすぐなトンネル。何度も眠くなり、足を踏み外しそうになる。ときどきトラックも通るから怖いのだが。3kmとも5kmともいわれたトンネルを何とか走り続けて抜けるとエイドがあった。
気づく人がいるか分からないが、写真に写っているエイドで休んでいるおじさんは、106km地点の第1チェックポイントでの写真にも写っていた。もう100km以上、そして一晩中同じくらいで走っていたのだ。僕はエイドで長居をして途中で抜かし、あっちがエイドにつくと先に行ってしまう、というのを繰り返して。
ここまで一気に上ってきたので、ここからは一気に下る。これがまたきつい。もう脚は壊れ、膝も限界近くまで来ている。そして一気に下りきるとエイド。第4チェックポイント、最終チェックポイントでもある。210km以上を走りきり、あと40kmを切ったここら辺でようやく現実的な数字になってきた。あとフルマラソン1回か。??現実的な数字か?感覚はもう完全に麻痺している。ほっとしたのか食欲が出てきて、そばをほおばる。たこ焼きやら何やらいろんなものも食べる。そしてコーラ。流し込めてエネルギーとなるのはこれが一番、なようなきがしてきていた。夜が明けてからはエイドではとりあえずコーラ。コカコーラ社が協賛しているし。
暖かくなってきたので、結構お気に入りになっていたゴミ袋スーツを脱ぎ捨て、先を進む。筋肉は動かない、膝は壊れている、そして足首もどうかなり始め、気力だけで前へ進む。一応走っている気ではある。
なんだか周りが見渡せるような広いところを走っているが、前のほうに見える桜色のゼッケンのようなものをつけているランナー?が道を間違えているようだ。ここまでほとんど道なりできたのだが、右折の看板が出ている。気づかずに行ってしまったようだ。呼びかける気力はない。呼びかけてもとどかなそうな距離だし。追いかけるのは不可能だ。こっちも自信がないが、とりあえず自分は右折してみて大会関係車両に確認してもらう。しばらく走ると自衛隊車とすれ違ったので、確認してもらうことにした。あとで知らせに来てくれたが、やはりランナーだったようだ。結局253km走ってしまったといっていた。それがなければ僕より先にゴールしていた。
230kmを越えてもまだ細かい峠がある。細かいといっても結構大変な峠で、もう上るのも下るのもだめ。中盤でも会っていたが、200kmの五箇山あたりから抜きつ抜かれつで走って(歩いて?)いた人とほとんど一緒に走るようになり、この人においていかれないようにということだけで前に進めていた。アップダウンをいくつも繰り返す中、ようやく石川県に突入。だがここにもとんでもない上り坂が待ち構えており、全く走って上る気にならない。
そしていくつの坂を越えただろう。あと10kmくらいになって、ようやく平地に出た。しかしここまで何とか走り、下り坂では膝を壊しながら進んできたせいで脚が完全に壊れた。筋肉に力が入らないことは気にならないくらい足が痛い。膝は曲がらない。両足首も曲がらない。そして一番痛いのは右足ふくらはぎ前面のスジが痛い。歩くのもままならない。エイドで休むと気持ちが切れそうになり、もう進みたくなくなってしまう。気持ちだけは切らさない。
ここまで一緒に走ってきた60歳の方に励まされながら、気力だけで進む。「ここまできたんだから。あとちょっと。」歩いてでもゴールにたどり着く自信はないが、気持ちが続く限り走る。
最後のエイドを通過。247km過ぎではオランダ人の女性ランナーに抜かれた。何であんなに元気なんだ。実際には元気ではないようだったが。
金沢の市街地を走ってるんだか歩いてるんだか、桜色のゼッケンをつけた2人組。そしてその前にもゼッケンをつけた金髪女性。不思議そうにこっちを見る周りの人たち。「どこから来たんだ?」「昨日の朝、名古屋を出てきました。250km走って来ました。」「すごいな。」
そしてようやく兼六園に到着。しかしここの坂がまたとってもきついとのこと。
確かにここの坂はきつい。「あとちょっとなんだから頑張って走れ。」でも走れないものは走れない。ようやく上りきってあと少し。そして感動のゴールへ。佐藤桜で待っててくれており、2人一緒に桜に触って記念写真。これがゴール。あー、やっとおわった。言葉では言いあらわせないような感動がこみ上げる。もう何がなんだか分からない。
この10分くらいの間に5人くらいがまとめてゴールしたらしく、みんなで感動を分かち合いながら休憩。そして宿泊施設である健康ランドまで自衛隊車で搬送してもらう。自衛隊の車に乗るのなんて初めてなので、違う意味で感動。ただ、体が痛すぎて乗り込むのが大変。みんなそうだ。
その後のことはあまりよく覚えていない。車に乗り込むよりも下りるほうが大変だったこと。とりあえずお風呂にはいって、大広間でみんな寝ていたこと。自分も倒れたら眠ってしまったこと。目が覚めたら夜の7時くらいになっていた。脚が固まってしまい、ほんとに動けない。ご飯を食べて今日はおしまい。
第4部 記念植樹〜閉会式へ
翌日の朝、目が覚めても脚は治っていなかった。ただ昨日と違うのは、250km走りきったんだという実感がようやくわいてきたこと。でも信じられない。もう1度走れといわれても走れる自信はない。そして今のところはもう1度走りたいという気はおきない。そのうちまた走りたくなるかもしれないが。
朝食のバイキングで食べまくる。しかし、食べすぎなのか内臓が弱っているからなのか、ちょっともたれる。あわただしくバスに乗り、みんなで大会本部のあった岐阜県郡上市白鳥町へ。桜の木の記念植樹が待っている。2時間のバスでの移動中、ずっと寝続けていた。途中目が覚めて窓の外を見ると、昨日走ったらしいダム湖沿いの道を走っていた。真っ暗だったのでよく分からなかったが、めちゃくちゃ大きな湖だった。こんなところを走っていたのか。
そして白鳥町に到着。みんなで3本の桜を植樹。
その後、閉会式へ。完走者全員で記念写真。そして木でできた立派な完走証をもらった。なんだか立派のものでまたまた感動。
そのままランナーと大会関係者でパーティーへ。そして午後1時、名古屋に向けてバスが出発。途中でみやげ物屋によるところはさすがだと思った。名古屋駅で解散。長い長い1日のようだった日々が終わった。
現実感がないが帰らなくてはいけない。しかし両膝、足首は痛くて曲がらない。足はパンパンにむくんでいて靴も履けない。日焼けのせいか体中がほてっていて暑い。周りからはおかしな人に見えただろうが、電車に乗り込む。夢の中にいるようだった。
第5部 データ編
≪各エイドの通過時刻≫
地名(エイドNo.) | 距離 | 到着時刻 | 経過時間 |
名古屋城(No.0、スタート) | 0km | 6:03 | |
一宮市(No.4) | 20.4km | 7:57 | 1時間54分 |
岐阜市(No.6) | 30.0km | 8:56 | 2時間53分 |
関市(No.10) | 49.9km | 10:53 | 4時間50分 |
白鳥町(No.21、第1CP) | 106.9km | 17:25 | 11時間22分 |
ひるがの分水嶺(No.25) | 128.4km | 20:39 | 14時間36分 |
荘川桜(No.28、第2CP) | 143.0km | 22:17 | 16時間14分 |
道の駅「白川郷」(No.34、第3CP) | 172.6km | 2:05 | 20時間2分 |
南砺市五箇山タクシー(No.39) | 198.1km | 6:15 | 24時間12分 |
南砺市(No.42、第4CP) | 212.0km | 8:22 | 26時間19分 |
道の駅「福光」(No.44) | 223.4km | 9:49 | 27時間46分 |
金沢市兼六園(No.50、ゴール) | 250.0km | 13:44 | 31時間41分 |
半袖Tシャツ | (ミズノ) | ポリエステル100% 980円で購入 |
ランニングシューズ | (ニューバランス) | COMP652(?) 26.0cm EE 3000円で購入 |
短パン | (ミズノ) | ランパンほど短くない |
ショートタイツ | (ワコール CW-X) | 臀部の筋肉をサポート |
靴下 | (ユニクロ) | 5足990円(?) |
ウエストポーチ | (アシックス) | |
夜間はさらに | ||
長袖Tシャツ | (ミズノ) | ブレスサーモ 水分で発熱 |
ウインドブレーカー | (アシックス) | 薄いもの 1500円で購入 |
ゴミ袋スーツ | 途中でGET | 透明ゴミ袋に頭、両手用の3つの穴 |
No.21エイド | 106.9km 17:25 | IN 小型ライト、長袖Tシャツ、 ウインドブレーカー |
|
No.39エイド | 198.1km 6:15 | IN 半袖Tシャツ(受け取らず) | OUT 長袖Tシャツ、ウインドブレーカー |
No.42エイド | 212.0km 8:22 | OUT ゴミ袋スーツ(ゴミ箱へ) |
反射板テープ (自転車用品) | 前日に預け忘れたため |
デジカメ (ソニーDSC U-40) | 愛用の小型200万画素デジカメ |
単四電池2本 | デジカメ交換用 |
1000円札 (新札) | 1枚 |
エイド一覧、予定ペースを書いた紙 | |
携帯電話 | 短パンのポケットへ |
(No.21エイド付近で) | 1000円札 → パンシロンG(20袋入り) + 500円玉1枚 |